大山倍達と力道山の違い

  • 2011.12.09 Friday
  • 16:05
評価:
増田 俊也
新潮社
¥ 2,808
(2011-09-30)
コメント:格闘技関係でこんなおもしろいノンフィクションは初めてです

JUGEMテーマ:気になる書籍
 私は武道は好きですが、格闘技マニアというわけではない。

大山倍達の本名は崔 永宜力道山の本名は金 信洛で、ともに朝鮮出身であることは、ファンでなくとも今や常識

柔道の鬼、怪物柔道サイボーグである「木村政彦」の生涯を徹底的に調べ上げたノンフィクション作品「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を数日で読破しましたが、上記二人の裏話もでてきます。

よくぞこれだけ詳しく調べ上げてくれましたと、著者には感謝するとともに、あまりにも面白くて、早寝早起きで夜10時までには寝てしまう私が、連日深夜まで読みふけってしまい、仕事の合間にも読み続けてしまいました。
最後は涙が止まらなくなった。

木村政彦の生涯を通じて、関連する格闘技界を緻密に披露している。
センセーショナルな題名に、柔道出身である著者の思い入れの強さが表れている。

とにかく格闘技好きにはたまらない内容です。
極真空手ファンも、柔道フリークも、グレイシー柔術派もとにかく読んで欲しい。

力道山とのあの巌流島の決戦は、八百長で、引き分けのはずが、一方的な力道の裏切りによって、木村はKOされ、最後まで力道の引き立て役として利用され尽くされた。

このことは一世を風靡した梶原一騎の劇画「空手バカ一代」でもすでに紹介され、格闘技好きだけでなく、当時の男子はみんな知っている。

プロレスが八百長とも知らずに浮かれて、木村先生をバカにする奴らが憎い!とばかりに、著者は油断しなければ、木村先生の圧勝に決まっていることを証明しようとして、本を書き進めていたが、結局、当時の木村の練習不足、力道の必死の訓練により、最初のストレートパンチが、木村の顎に決まった段階で、力道の勝ちだったという悲しい結論に至る。

もちろん最初から真剣勝負であったなら、それなりの準備を怠るわけがなく、鬼の木村の勝ちは絶対動かない。
当時は世界最強の格闘家は木村であったろう。彼の技のキレは天下無双
佐川幸義だけは別として。佐川は史上最強か。

それにしても梶原の漫画が格闘技界の歴史を混乱させた影響は強い。極真会には最高の宣伝になったわけだが。

大山倍達が剛柔流や松濤館で正式に空手を修行した経歴は長くなく、自己流で厳しい修行はしたようだが、山ごもりをしたという事実は確認できない。アメリカなどで戦いまくったというのも嘘のようで、実戦の記録はほとんど残っていない。今や彼の名声は完全に地に堕ちた。

ただし牛とは戦っており、人並み外れてケンカも強かったことは間違いない。
木村に憧れて、交友を結んでいた。木村ほど好戦的ではなく、まじめな性格だったようです。

彼が朝鮮から渡ってきた理由は、石原完爾等の思想に共鳴していたからで、当時の多くの日本人や朝鮮人と同じ愛国青年だった。特攻隊員だったというのは嘘だが。

右派民族運動をしていた過去を消すために、経歴詐称したらしい。

そして極真会を創設し、数々の優秀な空手家を育て上げた。これだけでも充分ですね。

一方の力道山は、弟子のアントニオ猪木を動物のように扱い、かわいがっていたジャイアント馬場からも、「人間として何一つ良いところのない人」と、酷評されている。
玉の海(二所ノ関部屋)にスカウトされて来日。
最初は純粋な青年で、他の朝鮮人と同じ大日本帝国国民として、八紘一宇の精神に満ちていた。
しかし、朝鮮人らしい悪行の報いを差別と逆恨みし、陰湿さ・猜疑心・傲慢さ・横暴さ・金への執着の固まりであった。
この辺は、真の日韓関係大東亜戦争の本質を知らない著者には正しく把握されていないが。
他の朝鮮人と同じように、終戦直後には、本能にスイッチが切り替わり、恩を仇で返し、やりたい放題となる。
金持ちや権力者にうまく取り入り、徹底的に利用して、ボロ布のように捨て去ったりした。
毎日新聞記者の伊集院浩は彼に恥をかかされ、割腹自殺した。

木村は柔道の怪物であったが、力道は人格異常者として怪物だったのだ。

一方そんな力道を、大山は憎み、犬猿の仲であった。
あの決戦で裏切った彼に激怒し、その場で勝負を挑もうとした話は有名。その後ストリートファイトに持ち込もうと付け狙った。

力道は木村との再戦を拒否、その後に屈辱の手打ちとなる。
その手打ちに怒った大山は、木村から離れていったが、最後まで彼を心配していた。

大山と力道。
ともに朝鮮人だけに、虚言癖は仕方ないのか。
どちらも成功したが、人間的な差は大きい。

この巌流島の決戦の後、日本プロレス界は、木村よりプロレス歴が浅く、人格最低の力道山の一人勝ちとなった。
それ故、木村を貶めるようなプロレス関係者の記録が多いと。

木村の周囲は、数奇な、寂しい後半生を送った格闘家が多い。

木村にとっては、18年前に天才阿部謙四郎に敗れて以来の、力道山戦での異常な敗戦だったわけだが、その阿部は、スポーツ化する講道館柔道と対立し、GHQに潰された武徳会(元柔術家が多く、講道館の強力なライバルだった)復活を訴えるも無視された。兵役で現役時代をほとんど奪われた。京都市警師範を辞し、海外で柔道を指導し、僅かな指導料を日本の妻や娘たちに送っていたが、家族に見捨てられる。一時帰国した際も、家に入れてもらえず、物置で過ごし、家族に無視され、静かに碁盤に石を並べていたという。その後消息を絶ち、最後は秩父市の老人ホームで、作家に発見された翌年に逝った。
彼を最強の柔道家という人もいる。

木村と共にプロ柔道に参加した、「満鉄の虎」こと巨砲山口利夫は、プロレス・ビジネスで力道に敗れ、地元三島市に帰った。そこで門弟とトレーニングを続けていたが、次第に弟子もいなくなり、71歳で一人っきりになり、周囲からはただ大きな人が住んでいる程度に忘れ去られ、葬式は弔問客も少なかった。

木村の国際プロレス団に参加した元力士の清美川梅之は、海外遠征中に木村と別れ、一人で転戦していた。妻には失踪届を出され、東京に住む中一の息子は、変質者にバラバラ殺人され、ホルマリン漬けにされてしまった。帰国して53歳でリングに上がり、レフリーなどをし、女子プロ団体を設立したが、すぐ消滅。その二年後にひっそりと息を引き取った。

木村のプロレスでの右腕であった立ノ海は、力道への復讐を胸に秘め、昭和32年に北海道の果てで北日本プロレス協会を旗揚げ。「セメントで力道を倒し得る選手の育成」のみが念頭であったが、客は集まらず、力道への挑戦も無視された。

木村のプロレス時代の後輩であった市川登は、巌流島の決戦の前座で、力道側の選手にセメントを仕掛けられ、脳のダメージを負い、廃人になった。

そして、木村の後半生は、拓大の師範に収まったが、やはり辛く、寂しいものだった。
力道のように、ぱっと散れば、どれだけ楽だったか。

ちなみに、もう時効で問題ないと思うが、力道の死因は、ヤクザに腹を刺された後の腹膜炎ということになってるようですが、東大医学部関係のある信頼すべき筋からの話では、手術時の麻酔科医のミスが原因で、医療事故が正しいという。

それでも47歳の時、東京五輪の代表として、ヘーシンクに勝てるのは木村しかいないという話も出た。
五輪直前にソ連代表チーム(メダルを三つ獲る)が調整の為に練習に来た。日本の学生が苦戦するなか、木村だけは後のメダリスト選手を手玉に取り、ソ連チームは木村の年齢を聞いて驚愕していたという。

後継者として岩釣兼生を育てた。プロレスへの復讐の為の最終兵器だった。
柔道日本選手権で優勝し、サンボの練習も加え、昭和44年には、ソ連レーニンスタジアムで、サンボのモスクワ国際大会で、日本人として初の優勝者となった。

そして岩釣は、プロレスへの参加を拒否されるも、昭和50年代、日本のある都市で、ある胴元のもと、何でもあり(バーリトゥード)の地下格闘技大会が密かに開かれた。そこでも優勝したのであった

著者の主観が強く、客観性に欠けるとの批判もあるようですが、ノンフィクション作の最高峰、第43回大宅壮一賞を受賞しました。

巌流島決戦での敗北時、木村と対立する柔道高段者たちも号泣したが、大宅壮一賞で、また柔道関係者は感涙にむせんだという。


癌に侵されやせ細った木村の姿を見て、思わず落涙しました。

私の父は頑固者の癇癪親父で、子供の頃は反感を覚えることが多かった。プロレスが大好き(力道時代)で、プロレスが最強と強調していたので、私はプロレスが嫌いであった。

プロレスが強い・弱いを言うつもりはない。鍛え抜かれた大男が、フリースタイルで競うのだから、弱いわけがない。たが、八百長がないと怪我人続出で、興業が成り立たない。だからそのファンは、ちゃんとショーとして評価して欲しい。

私が子供の頃のTVドラマ、竹脇無我主演の「姿三四郎」には憧れたなあ。
これが明治時代の雰囲気〜風俗いうものかと心に焼き付いた。
袴姿がすごく格好よく思えた。

富田常雄の小説も読んだが、家族でよく行った秋葉原の肉料理屋「万世」(看板は牛の顔)がでてきた様な気がする。
文章では万世橋の肉屋だったと思うが、「万世」は戦後の創業なのだが。

子供の頃家族で、電気街の帰りに家族で食べるのが、最高の楽しみだった。
子供の私は当時行ってもカレーライスばかり食べてたが。

社長の名が「鹿野」というらしく、私の叔父は「万世は牛の万世とか言ってるが、本当は鹿の万世だ」とふざけていたのが、一番印象的。

「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言ったのは、富田氏だったんですね。

ところで西郷四郎西郷頼母から大東流を伝授されたというのは誤りのようですね。

西郷派大東流というのもあるが一体どうなってるのか?
総合武術で、結構面白そうなのだが。

それはともかく、その数年後かに、夕方のTVでの再放送番組だったかで、明治の女性柔術家が主人公のドラマがあった。

そのドラマでは、低予算のためか、広場の決闘シーンなどで、バックに電柱が写っていたりが興ざめであった気がするが、西郷四郎が悪役で登場していたのに驚いた。いかにも悪そうな顔であった。
姿三四郎に登場する、右京ケ原の決斗の敵役檜垣源之助より悪そうだった。

誰か詳細を知りませんかね。

さらに檜垣は空手家だったイメージであったが、良移心当流の柔術家(村井の弟子)だったのかな。
檜垣の弟は間違いなく空手家。「いざとなったら猿臂(肘打ち)も使う」と、小説内の記載がそういえばあったのを覚えている。
兄の方は破れた後に、姿の理解者となる。

姿三四郎」では、主人公が良移心当流の村井(モデルは中村半助)との試合に勝ち、東京警視庁の柔術指南役に講道館が採用されることになったようですが、実際は四天王の鬼横山が、中村半助との試合で引き分けてるのですよね。
同流は当て身(蹴りも含む)も得意技であるし、そう簡単に講道館柔道に負けるわけないが、四天王はそれぞれ柔術の大家。

形武術になりがちだった、その時代の柔術と比べ、講道館では乱取り稽古を取り入れて、足を使った投げ技は得意だったようで、講道館式の試合形式では強かった。当時も、この小説は柔術家から、「柔道と比べて柔術が弱いわけがない」と、批判を浴びましたが、大衆への宣伝効果、嘉納治五郎の政治力で柔道が広まり、柔術が寂れたのは悲しい。

嘉納治五郎の真意は、柔術が廃れていくのを見るに忍びなく、新しい時代に生き抜くために講道館を創設したが、スポーツ化したその後の柔道を見て、「あれでは簡単に当て身にやられてしまう」と、嘆いていたという。
初期の合気道を見て、これぞ自分が求めていたものだと言ったとも。初期の合気道は、大東流と同じくらい強かったでしょうから当然でしょう。

四天王の中でナンバー3の山下義韶は、巨人レスラーを寝技で倒したり、史上初めて十段になったりであったが、最後の富田常次郎は常雄の父であったが四天王では最弱であった様子。
写真を見るといかにもインテリという感じであるし。
前田光世と共にアメリカへ行って、レスラーに負けてしまった。
そこで前田が仇討ちに奮起するのだが。

結局当時の講道館が強かったというよりも、他流柔術の有力選手をスカウトし、柔道に有利なルールで勝っただけなのか。
不遷流田辺又右衛門は、講道館に挑戦して全勝。嘉納治五郎は対戦を拒否したという。

高専柔道由来の鬼の木村の寝技が強かったのも、起倒流野田派出身の金光弥一兵衛おかげだとも言う。

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